縁川炙の読書思想

緑川炙の読書思想

継続読書の㊙

コミュニティを引き伸ばす

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コミュニティについて

 

ヒトは,生まれながら「家族」というコミュニティに所属する.

その後,生活の中で「学校」や「習い事」など様々なコミュニティに

参加することになる.

 

「家族」の次に長く付き合うコミュニティは「学校」だろう.

 

 

学校というコミュニティ

 

 学校には大きく4つある.

 

ずばり,

小学校,中学校,高校,大学

である.

 

小学校や中学校は,その地域にある学校に通う人が多い.

 

しかし,

高校や大学は,テストによる「偏差値」という相対評価から

新入生が決定される.

 

高校や大学では,近い学力や思考の方法を持ったヒトが

集まりやすいことは自明だろう.

 

違う言い方をすれば,

似た「価値観」をもつヒトに出会う可能性が高くなる.

ということである.

 

 

現在の日本の学校の形を考えると,

高校や大学の年代のヒトは「学校」という

コミュニティしか持たない人が多い.

 

 

もっと言えば,学校から離れ,「社会人」になってからは

「会社」というコミュニティしか持たないヒトはたくさんいる.

 

あなたはどうだろうか.

 

 

コミュニティの狭さは,何も生まない

 

年齢を重ねるにつれ,コミュニティが狭くなるヒトが多い

ということを前に述べた.

 

では,コミュニティを狭くなることに実際

どのようなデメリットがあるのだろう.

 

私が考えた3つのデメリットを挙げる.

 

・価値観が限定的になる

・体験が少なくなる

・成長が頭打ちになる

 

 

価値観が限定的になる.

 

「価値観」と書くと少し大げさかもしれないが,

コミュニティが狭まることで次の2つが限定的になる.

それは,「善悪の判断」と「思考方法」である.

 

広い海なら仲良く泳ぐ魚も,狭い水槽に入れると

1匹を仲間外れにしていじめを始める.

 

これは,サカナクンさんの有名な話の1つである.

 

狭いコミュニティしか持たない人は,

モノの善悪が限定的な側面からしか判断できない.

 

そのコミュニティで「悪」のレッテルを張られれば,

「悪」になってしまうということです.

他のコミュニティから見れば,「善」や「悪」でなかったとしても...

 

 

体験の幅が狭くなる

 

コミュニティが狭くなると,体験の幅が狭くなりやすい.

 

例えば,「高校」というコミュニティしかないとすれば,

そこで得られる体験として出来るのは,部活などに限られるだろう.

大学であれば,サークルだろうか.

 

しかし,大学というコミュニティから抜け出して

長期インターンシップによる,「会社」という「コミュニティ」を持つことで,

大学で得られる経験とは全く異なる経験を得ることができるだろう.

 

コミュニティを持つことで,体験の幅を広げることができる.

 

 

成長の幅が頭打ちになる.

 

これは,2の体験の幅が狭まるに付随するものである.

 

ヒトの成長は,体験性と専門性から生じる.

言い方を変えると,

体験による"経験"の獲得と,学習による"知識"の獲得によって

ヒトは成長を遂げる.

 

漫画の主人公は,必ずこの2つを獲得しながら成長している.

 

HUNTER×HUNTERを見たことはあるだろうか.

主人公ゴンの成長の仕方は,まさにこれである.

 

最初の島である"くじら島"にいたゴンは,

島を離れてハンター試験という「経験」を通して

様々な仲間に出会い,大きな成長を遂げる.

 

その後,ウィングという眼鏡お兄さんに

"念"という「知識」を教えてもらうことで

また,大きな成長を遂げる.

 

次に,グリードアイランドで女の子?であるビスケから

念の深い「知識」と,それをものにするための経験を積む.

 

ヒトも同じである.

知識と経験を繰り返し獲得することで成長を遂げるのである.

 

 

 

まとめ

 

自分自身,読書を始める前はサークルにも入らない

コミュニティの狭すぎるヒトだった.

 

しかし,様々な本を読み,知識を増やすことで

"経験の重要性"を理解することができた.

 

今では,自分の知らない世界に参加できる機会があれば

必ずと言っていいほど参加している.

 

それによって生じるデメリットよりも,

メリットの方が確実に多いからである.

 

居心地の悪い場所に身を置こう.